ぐうたら紺の勉強帳

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独り言

「夜逃げしたことある人ー?」私「はーい!」

投稿日:2015年6月14日 更新日:

こんにちわ。
日曜日っぽいネタは何かないかなと下書きリストを
眺めていて、こんなのをセレクトしてしまった紺です。

今日は、私の超個人的な人生振り返り記でございます。

そんなに暗い話でもありませんので、さらっと読んでいただければと
思っております。

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父の会社の倒産

私が小学生くらいの、大昔のことです。
父が会社を始めることになりました。

業種はぼやかしておきますが、良い時は生産が追いつかないほど売れまくったのだとか。

しかしやがて、バブルがはじけ、どこにでもそのツケは回ってきます。
経営は傾いていき、ついに会社を畳むことになりました。
私が大学生、妹は高校生になっていました。

「倒産の日」の朝

一般的にそうなのか、詳しくないのでわからないのですが、会社が倒産する場合、社員には事前に知らされないそうです。

ある日出社したら、ドアに突然「倒産しました」みたいな紙が貼ってあって、初めて知るのだそうです。
これ、自分が社員だったらと思うと、超怖いですよね・・・。

当然、父はその日、出社していません。
家で肩を落としていたんだったと、思います。

「もうすぐ結婚するんだって、報告してきたやつがいてさぁ・・・」

父がかなり可愛がっていた部下で、独立するときに、以前の勤務先から連れてきた人のことです。
自宅にも何度か遊びに来たことがあるので、私も面識がありました。

「電車がホームに入ってくるのを見るたび、飛び込みたくなるよ・・・」

と、父が小声で言ったのを、私はとてもよく覚えています。
父親が、「自殺したい」と娘の前で言ったのですから。

ただ、父が私たちの前で泣き言をこぼしたのは、その時だけだった気がします。

夜逃げの始まり

まずは、会社に関係していた父と祖母は、しばらく身を隠すため、自宅からいなくなりました。
この時、父と祖母が何処にいたのか、未だに私は知らないな・・・。

私たち(私と母と妹)は数日は自宅に残りましたが、すぐに近所に取立てらしき、スーツ姿の人たちがうろつくようになりました。

ご近所にも迷惑がかかってしまうため、私たちも自宅にいられなくなり、祖母が住んでいたマンションに避難しました。

が、ほどなく、近所に同じような人が現れました。
オートロックでしたので中まで入っては来ませんでしたが、マンションに出入りするたびにどきどきしました。
電気を点けると窓から見て部屋にいることがわかってしまうので、電気を極力消して過ごしたりしていました。

マンションにもいられなくなり、ビジネスホテルに何泊かした後、ウィークリーマンションに移ることになりました。

夜逃げ中の娘たち

ウィークリーマンションに移ってからは、母と妹が同室、私は一人部屋になったので、初めての一人暮らし気分で、とても楽しかったです!

そう、夜逃げ中の娘たちはのんきなもので、正直、結構楽しかったのです。

なんだか色々買ってもらえるし、外食ばかりだし、近場だけど旅行みたいな気分。

いま思えば、私たちが怖がらないよう、不自由しないよう、母が精一杯がんばってくれたのだと思います。

夜逃げ中の母

夜逃げ中の母は、とにかくテンションが高かった印象です。
祖母のマンションに移るときも、ゲーム機などを家から持って行って遊べるようにしよう!と言い、毎晩、ゲームをして楽しく過ごしていました。

ビジネスホテルに移ってからは、食事が付いていないので毎晩外食し、何故かおこずかいもやたらくれて、ホテルで退屈しないように本屋で漫画をたくさん買ったりしていました。

母は母で、父の会社とは関係ない会社で働いていましたので、非常用にこっそり貯めていたのを遣わせてくれたのでしょうか。
夜逃げ中に泊まる場所に困らなかったのも、そのお陰なんだと思います。
それが無かったら、どうなっていたんだろうかと思います・・・。

うちの母は本当に、お金のやりくりがしっかりしている人です。
何故、娘の私がそれをまったく受け継いでいないのか謎です。

その後の展開をざっくりと

なんだか長くなりそうなので、ざっくりまとめます。

やがて、ほとぼりが冷めた頃に、私たちは一旦自宅に戻りました。
当然、自宅や車は手放すことになりました。
父が会社を始めた頃に新築で建てた家でしたが、会社と一緒に
手放すことになってしまいましたね・・・。

一家で母が契約したマンションに引っ越し、初めてのマンション暮らし。
なんとか、父は再就職先を見つけました。

娘たちは一人暮らしをしたり結婚したりで家を出て、一応は一人前に、世に出してもらいました。

その後、このときの話を家族でする機会がなかなか、ありませんでした。
みんな、もちろん忘れてはいないし忘れられない出来事だけれど、思い出の笑い話として口にするには、やっぱり少し、重い出来事なのです。

口では言えないので、私は結婚式の時に渡した手紙に「死なずに、頑張ったあんたたちはスゴイよ!」と書いておきました。

先日、ほんの少しだけ父とこの話をする機会があって思い出したので、こんな記事を書いてみました。
ちょっとだけ後日談もあるので、また今度書くかもしれません。

こんな話もあります

うちは自宅を売った後、マンションに引っ越すとき、郵便局に転居届を出していません。私の友人からの年賀状が届かなくなりました。
まだ、メールではなくハガキの時代の話ですけどね・・・。

電話機とインターフォンのそばには、弁護士さんへの連絡先を書いた紙が、目立つところに常に貼ってありました。

私が一人暮らしをするときなど、父に保証人になってもらうことが出来なくなりました。

幸い、娘の私が致命的に苦労するような出来事はありませんでしたが、父の周りの方には、さぞかしご迷惑をかけたのだろうと、娘なりに心を痛めています。

これから独立を考えている方もたくさんいらっしゃると思うのですが、こんな話もありますので、ふ~ん、と思っていただければと(*´ω`*)

実際、倒産するときに行った手続きなど、未だに私も父母に詳しく聞くことが出来ずにいるので、何か法律的に変なこと書いていたらすみません、教えていただけると助かります。

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