ぐうたら紺の勉強帳

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独り言

私がdocomoのメールアドレスを10年捨てられなかった理由

投稿日:2015年12月23日 更新日:

私はdocomoを使って11年目。

これと言ってdocomoに不満も無かったのだけど、ちょうど更新月というのと、あともう1つ目的があって、ちょうどauに変えようかなーと思っていたのですが、いざ変えるとなると踏ん切りがつかなくて。

その理由が1個だけ、あったのです。
酔っぱらいの、昔話。

※良い話とかじゃありません

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好きで好きで、好きだったんだ

出会いは高校に入学した時。
最初のクラスで、彼女は名前の順で、私の後ろに座っていた。
女子校だったから、女しかいません。

彼女と私は音楽が好きという共通項もあって、すぐに仲良くなって、大好きになった。

高校時代は、色んなライブに行ったり、お互いの家に泊まりに行ったり、ほぼ同時期に腐女子化したので、オタク関係のイベントに行ったり、クラスは別れても、ことあるごとに一緒に過ごした。

好きだったから、悲しかったんだ

あっという間に高校を卒業し、私は大学に、彼女は専門学校に入った。
女子校育ちの我々の世界に、男子が存在するようになった。

あっという間に彼女はビッチ化した。

テンプレみたいに、今付き合っている男とは別の男の子供を妊娠した彼女に付き添って、私は生まれて初めて産婦人科に行ったりした。

あまりにも見事に専門デビュー(そんな言葉あるのかな)した彼女と、いつの間にか疎遠になっていった。

これといったきっかけがあったわけでなく、フェイドアウト的なことだったと思うのだけど。

忘れられなくて、手紙を書いた

やがて私は大学を中退して、一応は社会に出て、働くようになった。
慣れない仕事をこなしつつも、ふと、彼女のことが懐かしくなって、会いたくて彼女の実家に手紙を送った。

彼女も、久しぶりで嬉しい!と返事をくれた。
彼女は、ほんの2、3年会わない間に結婚していた。

私は少なからずショックを受けた。
高校時代は一番か二番か、仲が良かった友達だったつもりだ。
でも、そんな大事なことに連絡もくれなかったんだなと思って。

それでも、久しぶりに会ったらめちゃくちゃ楽しかった。
むしろ、自由に使えるお金も増えた私たちは、高校時代とはまた別の遊びも出来るようになっていて、高校時代の楽しさを超えていた。

ドライブに行ったり、飲みに行ったり、旅行に行ったり、彼女の新居に、旦那さんが夜勤の日に、泊まりに行ったりするようになった。

彼女も久々にオタク活動に精を出すようになって、私のオタ友を紹介してみんなで遊んだりした。

そんな私たちに、またしても、しばし別れの期間がやってきた。

勝手に東京を離れた私

コールセンターの仕事をしていた私は、新規センター立ち上げのために半年、札幌に行くことになった。
知っている人がいない土地で過ごすことに不安はあったけれど、同僚もいたし、それまで実家に住んでいた私にとっては、初めての一人暮らし。
楽しみのほうが勝る気持ちで、東京を離れた。

2ヶ月が過ぎた頃、彼女と私のオタ友が札幌に遊びに来た。
温泉に行ったり牧場に行ったりして、めちゃくちゃ楽しく遊んだ。

東京に帰る彼女たちを見送った後の、新千歳空港。
帰りの快速エアポートの中で、私は信じられないことに、号泣していた。

寂しいんだ、と気付かされてしまった。
一人でも見知らぬ土地で、それなりに楽しく暮らしているつもりだったけれど、なんだか自分だけ置いて行かれたように感じた。

それに、私がいなくても彼女たちだけで東京で楽しく遊んでいるようであること。
私が勝手に札幌に行っただけなのに、そんな精神状態だったから、除け者にされた、ように感じてしまったのかもしれない。

少しずつ、ズレていく何か

東京に帰ってからも、少しずつ、少しずつ楽しいだけではなくなっていった。

旅行やオタク活動を始めた彼女は、自分の趣味代は稼がなきゃと言って、私が札幌に行っている間に、バイトを始めていた。
案の定、バイト先で男が出来た。

結局、旦那さんとは離婚をすることになって、仕事を探さなきゃと言って働き始めたと思えば、またそこで男が出来た。

今思えば、男ができると、彼女が私と遊べる時間が減る。
単純にそのことが嫌だったのかもしれない・・・

と思ったけど、でも、今でも理解できないかなw
働く先々で転々と男を乗り換えて行く彼女のことが、本当にただ、嫌だったのかも。
職場恋愛するなとは言わないけれど、職場は仕事をする場所でしょう?

契約社員ではあったけれど、ほんの少し出世して仕事に没頭していた当時の私は、青臭いながらも仕事に対する熱意とか思いもあって、まるで出会いのために職場を転々とする彼女の行為が許せなかったのかもしれない。

私は彼女を大事な友達だと思っていたから、仕事のこと、恋愛のこと、人生のこと・・・、決して説教するつもりではなかったけど、ことあるごとに、真摯に話したつもり。

更生させたいなんて、立派なことを思っていたわけじゃない。
ただ、彼女が好きだったから、自分の人生を大事に(なんと陳腐な言葉だろう)生きて欲しかった。
まだ若かったし、彼女ならそれからでも何者かになれる、魅力も才能もあると思っていた。

だってそれだけの男が夢中になるぐらい、彼女はとても魅力的で、正直に言って羨ましさも勿論あったけれど、それ以上に、勿体無い!!と思っていたんだ。

だけど多分、私の言葉は伝わっていなかった。

そしてある日、彼女からの連絡が途絶えた。

深く不快な腐海のなか

メールをしても、電話をしても、返事が無くなった。
家は知っていたけれど、さすがに訪ねて行く勇気は無かった。

私の、何がいけなかったのか。

毎日、泣いたり沈んだりしながら、反省を繰り返した。
時間を空けて、内容を変えて、メールをしたけれど、返信はなかった。

もう二度と、連絡は来ないんだ。
その事実が自分の中に染みこんで受け入れられるまで、受け入れてからも、ずっと、ずっと、ずっと、私はただ、反省と後悔の中で生きていた。

それでもいつまでも、あの時の、あの言葉が悪かったのかもしれない、いや、それとも・・・と、繰り返し反芻しては、自分の行動や言葉のひとつひとつを責めることに、長い時間を費やした。

仕事があったから、実家で食事に困ることなかったから、表面上は日常生活を営むことができていた。

彼女は時々、私の実家にも遊びに来ていたので、ふと、間が悪く思い出したうちの父が「そういえば○○ちゃん、最近来ないねぇ」などと言うと、鼻にパンチしそうにはなった。
うちの父も彼女のファンだったのだと思う。

女々しくてつらい

その時からずっと、私は携帯の電話番号もメールアドレスも変えていない。

気がつけば、もう10年経っていた。

山の好きなお父さんがつけた、珍しい名前を持つ彼女。
ある日、検索したら、彼女のものらしきフェイスブックが出てきて、また、苗字が変わっていた。
その頃、再婚したいと言っていた男性とは別の苗字だった。

何回目なんだろうなぁ・・・と苦笑しながら、私も、やっと最近苗字が変わったところだよと心のなかで呟いて、そのまま閉じた。

反省なんかただの自慰行為

反省なんかしたって、相手に届かなければ意味が無い。
自分で自分の傷を舐めて慰めるだけの、自慰行為に過ぎない。

それでも、長い時間を遣っただけあって、彼女との別れは、いくつかの気付きを私にもたらした。

例えば、すんごく気が合う人間同士なんていなくて、必ずどちらかが相手に合わせているだけに過ぎないこと。

例えば、どんなにこちらが親しみや愛情を感じていても、「親しき仲にはなんでもあり」にはなれないこと。

例えば、自分の発した言葉が、その通りに相手に伝わるとは限らないこと。

もう彼女には届かないけれど、じゃあ、私はいま、その反省を活かせているのだろうか?

またしても反省せざるを得ないことが最近あったので、全然成長していないじゃないかと、ほとほと己を嫌悪して悲しくなっている。

みんなに好きだと思われなくてもいい。
だけど、自分が好きだと思う人には嫌われたくない。
なんと難しいことなのだろうか。

ただ、それだけのこと

私の女々しい思いで使い続けたメールアドレスを廃止する手続きは、たった30分で終わった。
まだ電話番号は変わっていないし・・・なんて、さすがに思っていない。

良い思い出、と思えるにはもう少し時間がかかるかもしれない。
もしかしたら、死ぬまでそんな時は来ないのかもしれない。

悲しい思い出として私の背中にいつまでも寄り添い続ける。
生きてりゃそんなことの1つぐらい、あるもんだと思うしか無い。
せめて同じように、人を傷つけないための教訓にしなければ。

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