歴史上の人物にハマると、すぐ現地に行って残り香を嗅ぎたくなってしまうタイプのオタクです。
※ゲームのキャラクターが元で以蔵さんが好きになりました。
そんなわけで、高知県にある岡田以蔵さんのお墓参りに行ってきました!!
以蔵さんのお墓の場所
以蔵さんのお墓は、真宗寺山(しんしゅうじやま)にあります。
地図で見ると確かに山の上で、どうやって登るんだろ?と心配でしたが、行ってみたところ、ちゃんと階段状の山道がありました。
ただ、Google Mapで行き方を調べても、山道のルートは出てこないので注意です。
電車なら、最寄り駅はJR土讃線「薊野」駅。
路線バスでは、「とさでん交通」の「サニーマートあぞの店前」が一番近いです。
が、私が調べた時はとさでん交通の「薊野西(あぞうのにし)」というバス停が出てきたので、「薊野西」からの行き方をご説明します。
バス停で時刻表を見た感じ、「薊野西」の方がバスの本数が多いです。
近くに「沢田マンション」という風変わりな建物があるそうなのですが、帰ってから知ったので見られなくて残念。
高知駅から「薊野西」へバスでの行き方
JR高知駅北口のバスターミナル、2番乗り場から出発です。
路面電車や、高知駅行きのバスが着くのはJR高知駅南口側なので、駅を挟んで逆側です。
北口にバスの案内センターがあって、バス停と時刻を教えて貰いました。
今地図を見たら、そこはJRのバスセンターのようなので、他社路線なのに教えてくれたのか…ありがとうございます!!
私が乗ったのは「一宮バスターミナル」行き。
行き先が色々あるんだけど、全部「薊野西」に停まるのかはちょっとわからない…。
バス停の近くに、トイレもあります。
高知駅から「薊野西」まで、バスの乗車時間は10分ぐらい。
(某Y!の乗換案内では4分と出てきたけど、嘘です!)
目安の所要時間になるかわかりませんが、私は11時50分に高知駅発のバスで出発、帰りは13時01分に薊野西発のバスで帰ってきました(平日の時刻表)。
あまりゆっくりお参り出来なかったのですが、バスの本数が限られているので、お気をつけて!
バス停「薊野西」からお墓への行き方
「薊野西」のバス停から山道の入り口まで徒歩10分くらい、山道からお墓まで登るのに、私の足だと10分ぐらいでした。
バス停の周りは何にも、無い。
帰りのバス停はすぐ向かい、反対側の道路にあります。
バスを降りたら、高速道路下に小さな公園があるので、そこを突っ切って、用水路沿いを歩きます。
高速道路の左側、写真左の方に映っている、ニャッキみたいな遊具の方面へ。
理容室が見えたら、右に曲がってローソン方面へ。
ちなみに、理容室の向かいに、タクシーを呼べる電話機があります。
バスが少なく、ヤマダ電機の通りは大通りですがあんまりタクシーも通って無さそうだったので、帰る日などで、時間が無い場合はここでタクシーを呼ぶと良さそうです。
大通りに出るので、ローソンの並びのヤマダ電機を目指します。
ヤマダ電機の向かいにちらっと赤い看板が見えている「サニーマート」というスーパーがあるので、多分お花とか売っていると思います。
買っていけば良かったなぁ。
ヤマダ電機の手前に、スタバと回転寿司もあります。
ヤマダ電機の裏側の電柱に山道の入り口の案内があります。
山の逆側からも登れるようですが、そちらは道が険しいようなので、とりあえずヤマダ電機を目指してGoogle Mapなどを見ながら歩きました。
通って良いのかなと思うような、民家の間を通って山道に入ります。
色んな方のお墓がたくさんある場所ですが、以蔵さんのお墓は上の方なので、のしのし登ります!
山というほど山道ではないのですが、下は土なので、お天気が悪い日や靴にはお気をつけて。
合ってるのかな…と心配になった頃や、途中の分かれ道で、何箇所か小さな案内板があるので、その案内を頼りに登ります。
同じ山にお墓がある「絵金」さんは、高知の浮世絵師「絵師 金蔵」さんのニックネームだそうです。
以蔵さん!もうすぐ着くよ~~~!!!
到着!!
平坦になって少し開けたところに小さめの墓石がいくつか並んでいて、一番奥が以蔵さんのお墓です!
墓石には「岡田宜振」さんのお名前が刻まれていました。
後ろにはちょっとした案内板も。
帰ってから写真をよく見たら、隣は啓吉くん(以蔵さんの弟)の奥さんのお墓で、もしかして、お父さんとか岡田家ご一家が並んでいたのか…。
あんまり長くいられなかったので、落ち着いてじっくりお参り出来なかったなぁ(;_;)
でも、お花も供えられていて、案内板もあって、ご家族とも並んでいるのなら、寂しく無さそうで良かった…。
墓石の隣には、供養塔もありました。
「土佐勤王党剣士」って書いてあるの…!!
浅学なりに勉強したところ、以蔵さんの名前は土佐勤王党の名簿にも載ってないし、顕彰碑も無い。
でも、ちゃんと「土佐勤王党の剣士」として供養されている場所があったんだ…と思うと目から汁が出ます。行けて良かった。
お墓の前にある台の上に、記名帳とお線香、ライターが置いてありました。
ライターは点かなかったから、持って行った方が良いかも。
お線香をいただいたので、お礼と名前を記してきました。
訪れた人数の集計をされているのなら、今後何かの指針になるかもしれないですしね。
何を持っていけば良いのかわかりませんでしたが、処分にも困らないから、お花が一番良いのかな。
わからなくて私はお酒をお供えしてきましたが、固形物はご迷惑だったかなぁ…。
安いやつで、ごめんね、以蔵さん。
以蔵さんの命日は、5月11日。
当日は、近年始まった「命日祭」があるそうです。
以蔵さんの生家の場所
高知城、高知駅付近には色んな方の生家跡がありますが、以蔵さんの生家跡は目印も何も無く、現在の地図には載っていません。
「龍馬の生まれたまち記念館」に寄った時にガイドさんに聞いてみたところ、古地図のコピーをいただくことが出来ました。
地図の「10」が岡田家。
(「13」は中江兆民誕生地)
※ご厚意でくださった物で、ご自由にお持ちください的なものでは無いです。
生家の場所は、聞けば教えてくださると思います!
それを現在の地図に照らし合わせると、おおよその場所が推測できるというわけです。
この地図も、当時の正確な物ではなく古いデータを元に復元作成されたようで、現在の地図に当てはまらない地形もあるということなので、あくまで推測です。
地図に「岡田」って書いてあるの、胸熱じゃないですか…?
生きていた痕跡が、ちゃんと残っている…。
帰ってからよく見たら「1865年~1867年」と書いてあるので、ちょうど以蔵さんが亡くなった頃の地図なんです!
エモみでばくはつする。
お父さんも同じ年に亡くなった(龍馬記念館の資料より)そうなので、この地図には、義平さんの名前があったのか、家督を継いだ啓吉くんの名前が書いてあったのか、名字しか書いていなかったのか、気になります…。
さて、場所はガイドさんに教えてもらったところ、「高知病院」の並びの川沿い、現在の相生町とのことでした。
おそらく、公園と川の間のあたりかと思います。
高知駅から路面電車またはバスで1駅、「高知橋」で降りたところにあります。
私は時間がなくて行けなかったので、Google Mapで眺めて行った気になっています。
何の記念碑も無く、行っても一般の方の民家やお店があるだけなので、ご迷惑にならないようにしたいですね。
地元の方は、以蔵さんのことをどう思っているのかわからないですしね…。
数年前には、生家跡に牌を建てる活動をしていた方々がいらしたようなのですが、現在も建っていません。
今クラウドファンディングとかやったら、結構な額が集まるのでは無いだろうか!と思いますが、費用だけの問題でもないのでしょうね。
もし、また高知に行ける機会があったら、そっと通りすがりたいと思います。