ぐうたら紺の勉強帳

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ドラマ

五代さまが、カッコつけたまま逝ってしまわれた…。あさが来た(95)「道を照らす人」感想

投稿日:2016年1月22日 更新日:

朝ドラ初心者、紺です。
ついに、ついに、今日22日の放送で、五代さまが・・・(;_;)

本放送のときは、悲しみにひたる間もなく、続けてあさイチを観てしまったのですが、録画を見て、改めて泣いております。

五代さま最終週「道を照らす人」あたりの感想など、とりとめもなく書いてみます。

最期までカッコつけたまま、五代さまが逝ってしまわれた

見ている方には、五代さまが具合が悪くなってから亡くなるまで本当にあっという間でしたが、作中では結構な時間が経っているんですよね、きっと。

そもそも22日が最終日、ということは年始頃から散々ニュースになっていたし、大久保さんが亡くなったときも「五代さまももうすぐなんだなぁ・・・」と思ってはいたのですが、何の覚悟も出来ないまま今日を迎えてしまいました。

あさちゃんとの最後の対話でも「まだまだやり残したことはたくさんある!」と熱く未来のことを語る五代さま。
最後まで、自分が有名になったり、お金持ちになったりすることよりも、大阪のことを、日本のことを、広い視野で見ていた方だったんだなぁ。

ペンギンの絵と、あさちゃんを並べて笑っていた五代さまの笑顔。
ドアの外で、何とも言えぬ表情を浮かべていた新次郎さん。

そしてそのまま、病床で苦しんでいる姿は誰にも見せないまま、亡くなってしまった。

「二度と追いつかれへんようになってしまいました」という、あさちゃんの言葉が印象的。
五代さまには恋心があったようだけど、あさちゃんの方からは最後まで恋愛感情ではなく、尊敬と友情が混ざったような想いがつなぐ、二人の特別な絆が心地よかったなぁと思います。

新ちゃんと、友ちゃん

この間まで「五代さまに勝てるところがない」とか言って縁側で膝を抱えていた新次郎さん。
いつの間にか、五代さまとあんなに仲良くなって、二人でお酒を飲んだりして(*^^*)

あさちゃんを巡って、言うなれば恋のライバルである二人。
それでも、お互いが相手に対して尊敬があったからこそ、深い友情が生まれたのだろうなぁと思わせる、素敵な描き方でした。

弱った姿を見せたくない、と言う五代さまの気持ちを汲んで「しばらく忙しいらしい」とあさに伝えたあたりも、男前だったなぁ。

美和さんのお店で「新ちゃん」「友ちゃん」と呼びましょう、と五代さまが言った時は、その場だけの冗談かと思いましたが、その後、さり気なく本当に「新ちゃん」「友ちゃん」と呼んでいた二人が可愛くて・・・!
もっと、年をとった二人がどうなっていくのか、見たかったなぁ。

あさに弱ったところを見せないまま逝こうとした五代さま。
最後はあさを一人で五代さまのところに行かせた新次郎さん。

二人とも、カッコつけで、格好良かった(;_;)

五代さまという「片翼」

デジタル大辞泉 - 比翼の鳥の用語解説 - 1 雌雄それぞれが目と翼を一つずつもち、2羽が常に一体となって飛ぶという、中国の空想上の鳥。夫婦の仲のよいことにたとえられる。2 極楽鳥(ごくらくちょう)の別名。

情報源: 比翼の鳥(ヒヨクノトリ)とは - コトバンク

お恥ずかしながら、「比翼の鳥」という言葉を知りませんでした(^^ゞ
二人で1つ、ということなのですね!

あさちゃんと、何でも自由にやることを許している新次郎さん。
この二人はもちろん、二人で1つだと思うのですが・・・

あさちゃんと、迷った時や大事な場面ではヒントや励ましを与えて応援していた五代さまも「比翼の鳥」なのだと思うし、新次郎さんと五代さまも、二人が対になって、あさちゃんを見守っていた「比翼の鳥」とも言える。

五代さまという片翼をなくして、この先どうなってしまうのかしら・・・。

五代さま役がディーン・フジオカさんで良かった

私は朝ドラは「まれ」を途中から見始めて、「あさが来た」で真剣に見始めた、朝ドラ初心者です。
なので、「朝ドラから有名になる役者さん」の存在を知ってはいましたが、誰が何に出てどんな役をしていたのか、などはさっぱり。

でも今回は、こんなに「あさが来た」に熱中したのも、五代さまが大好きになったのも、なんせディーン・フジオカさんが演じていたお陰です(*´ロ`*)!

キャスティングされた方も素晴らしいし、初めは若くてちょっと無礼な薩摩藩士から、熱く真摯な実業家として開花していく様を演じられたディーンさんも本当に良かった!

すっかり心奪われてしまいました(〃∇〃)

五代友厚という人物


五代 友厚(ごだい ともあつ)は、江戸時代末期から明治時代中期にかけての日本の武士(薩摩藩士)、実業家。薩摩国鹿児島城下長田町城ヶ谷(現鹿児島市長田町)生まれ。大阪経済界の重鎮の一人。当時、「まさに瓦解に及ばんとする萌し」(五代)のあった大阪経済を立て直すために、商工業の組織化、信用秩序の再構築を図る。

情報源: 五代友厚 - Wikipedia

不勉強ゆえ、今まで実在の五代友厚さんのことはお名前も存じあげなかったです(*_*;
大阪に住んでいる方には元々有名なのかなぁ?

こういう方がいて、今の活気ある大阪があることが知れたのも良かったです。
今度大阪に行ったら、ぜひ大阪証券取引所前の銅像にご挨拶したいと思います(*^^*)

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